人間と獣とを隔てるもの、その薄さ『ミノタウロス』

ミノタウロス
近代以降、思想だとか、なんとか主義こそが時代の本流であって、個々人はその流れに流され溺れ死なぬように必死にもがくノイズのようなものと思っていた。
だから、歴史やら哲学やら経済理論やらを必至こいて勉強していた。
そんな私をさらりと嘲笑してくれたのがこの本。
見渡す限りの大地。斜陽を受け空が、大地が、世界が朱色に染まる。そんな美しい景色だけを強烈に残して。
(そう、まさにこの本の表紙の様な)

1917年のロシア革命により失墜した、とある貴族の最後の若者の物語。

幼き頃より高い教育を受けてきたヴァシリ。
しかし、故郷を追われ盗賊さながらの生活を送る中で彼は気付く。
赤軍(革命派)やら白軍(皇帝擁護派)やら何やらと、もっともらしい旗印の下で争いが絶え間ない。
が、根本的にあるのは獣性であり、他には何もないということを。
違うのは、あるものはライオンであり、あるものはシマウマであり、自身はハイエナであることくらいだ。
しかし、悲観に暮れるどころか彼は言う。

「何者でもないということは、何者にでもなれるということだ。」

加えてこう言う。

「単純な世界は美しい。-----人間と人間がお互いを獣のように追い回し、躊躇いもなく撃ち殺し、蹴り付けても動かない死体に変えるのは、川から霧が漂いあがるキエフの夕暮れと同じくらい、日が昇っても虫の声が聞こえるだけで全てが死に絶えたように静かなミハイロフカの夜明けと同じくらいに美しい。」

いとも容易く獣に落ちるような曖昧な人間と獣との境界線。
その中で、人間を人間っぽく見せているものは何か。

伸びたラーメンみたいな小説が出回っている処で、
久々にコシのしっかりしたざる蕎麦を一気に味わった気分。
あとからじっくり満腹感が訪れる。